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 少々前からの考察と言うか哲学と言うか。
 ごきげんよう、DALUMA♪です。

 小学生の頃「はじき」の公式を習いましたよね。
 そこで色々と考察をしていた訳です。

 よく人生を「道」に例えているじゃないですか。
 なので、人生においての道のりや、人間関係に到ってもこの公式って少し当てはまるのではないかと思うんです。

 例えば、貴方の同級生。
 毎日学校で再会し、共に同じ勉強をし、同じ釜の飯を食い、そして共に帰ることもあったでしょう。
 さらに言えば、住居だって近くて徒歩、遠くてもバスや電車を利用するくらいなので決して稀にしか会えないというわけではありません。

 要するにここでの公式とは

 速さ=親交を深める速さ
 時間=接している時間
 距離=会うための距離

 なので、毎日会って接している時間が多い。そして会う距離も離れていない。
 という事はそれだけ会う機会が多く、親交を深めやすいのでは?と言うことです。

 まぁ、どれも当てはまっていても最初に「知り合う」と言うものが無ければ一生関わる事なく過ごす事になりますが。
 そして、それらは友情として、時に恋愛としても当てはまるのではないかと時々思ったりするわけですよ。

 でも本来の公式では時間は少ないほうが早く移動できるという事なので、結局は親交を深める速さと言うのは人それぞれになります。

 それは遠距離恋愛に該当するのではないかと。
 会う時間も機会も稀になるわけなので、一度の会う時間で親交を深める速さは恐るべき速さになるのではないかと。


 そんな考察を重ねていた訳です。


 しかし、それらが全て該当するわけではなく、長い時間関わってきて逆に合わない人間も出てきます。
 それは今度はベクトルが違うのかもしれません。

 ここでは仮に右方向を「+」(好意的)とし、左方向を「-」(非好意的)としておきましょう。対象になる相手はそのベクトルを逆としましょう。

 AさんがBさんに対して→(好意的)に進みたいですが、逆にBさんは→(非好意的)に進みたいとしたならば、その距離は縮む事は難しいです。
 ただ、それぞれの速さが違えばいつしかそれが近づくかもしれない。又は遠ざかっていくかもしれないですが。

 ただし、それらは決して交差する事はなく、ある程度の己のテリトリーに合わせた親交の深さになるわけで。
 逆に重なってしまう事は己と全く同じ人間になるので逆にそれは不可能な事です。
 人間同士仲良くなったり喧嘩したりする事で常にその速さもベクトルも距離も変動しています。
 互いの距離が近ければ近いほど、それだけ互いを理解し、分かち合ってるのではないかと思います。


 今まで学校の人間と関わり、そして今はそれ以外のオンライン上での交流が主になっています。
 オンライン上でもやはりそういったものもあるのかな?と感じてます。
 最初は大きな塊で居たものが、徐々にそれらが細分化しそれぞれ楽しみあっている形です。
 学校のクラスも同様、みんながみんな常に居る訳ではなく、その中で仲の良い人間がよく一緒に居ると言う形です。
 しかし、その中でも自分と言うものは必要であり、仲が良いと言ってもその中でまた僅かな距離があります。それらは悪い事ではなく、個性が無くなると言う怖さの方が大きいと思います。
 でもそれが思えるのはそれだけ親交していった時間が長いから。と言う事でもあります。
 共通するものはあってもそれ以外で合う合わないは絶対に出てきますし。

 だからと言って無理に人と距離を重ねる意識なんていらないと思います。
 重ねようとしたって絶対に出来ないんですから。

 そして、無理に過小評価も不要です。
 「俺たち友達だよね」なんて互いを確かめ合うような事なんて絶対しません。
 言葉にせずとも、仲の良い友達は自然と集まって行くものです。

 もし、居ないと言うのならば、自分で壁を作っているか、自分がわざと距離を置いているかもしれません。
 人に嫌われて離れると言うのは一度友人として関わった後に起こる事。
 そんな事があれば、自分を省みる必要があるんじゃないかと思います。


 そんな「はじき」の話。


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